前時代的なめんどくささ。

こういうことを書くと社会を知らない青二才が、との声があるかもしれませんが、もとより私はそのような「前時代的な」バイアスを持っている方々と関わるつもりがありませんのであらかじめご了承下さい。

さて、何が前時代的なのかと申し上げますと、就職、あるいは仕事に対する価値観というか、モノの見方ですね。最近色々な人から就職のことを口に出されますが、とりあえず多いのは、「大学出たんだからまともな仕事に就け」というのと、「就いたら一生そこで働け」というの。

まず、大学に在学しているのとそこからまともな仕事を得られるかどうかというのは全く別問題でありそこに何ら相関関係はありません。尤も「大学で非常に優秀な成績を収めたのだから」その成績を買われて、ということはあるかもしれませんが、現状こんな中途半端な成績ではESで自慢するくらいが関の山でしょう。

一度就いた職を定年まで続ける、というのはいわゆる終身雇用制の遺産ですね。別に制度それ自体が悪いとは言っているのではありません。しかし、今よりあからさまに良い条件の仕事、職場があり、自分の技能が求められているのだとしたら、それはそっちに行かない方がよほどおかしいとは思いませんか。消極的な転職ではなく積極的な転職とでも言うんでしょうか。

今と昔の何が違うのか。その違いの一つは経済状況にあります。昔は増やせ増やせの生産方式で経済成長率増大という方程式がまかり通っていましたから、「この職に就けば一生安泰」が約束されていましたし、人の人生のありかたもそこに縛られていたように思います。

ですがそれが通用しないのが今の世の中で、どんなに栄えている企業でも衰える可能性があり、どんなに衰えている企業でも栄える可能性があるんです。それは低成長率が低成長率である所以です。「この先どうなるかをよく考えて」と言いますが、長期的に未来がどうなるかなんてことは、ランダム・ウォークに従えば、ほぼほぼ予測不可能なんですよ。

予測不可能な未来がある以上、我々に残された最適戦略は「やりたいことをやる」一択だと思います。やらされているのではその力を伸ばすことができず、自分に秘められた本当の才能、みたいなのも、一生見えてこないです。まぁ才能なんてあるのかどうか、ってとこは甚だ疑問ですが……(笑)

自分が本当にやりたいことであれば、スキルアップもそれだけ早いのは間違いないでしょう。学校の勉強に置き換えれば分かります。数学は苦手でやってもやっても成績なんて伸びやしなかったけど、英語はやり続けてようやっとここまで登ることができました(まだまだこれからだとは思っていますが)。同じように大学の講義も、面白そうと思って取った講義ならテストで良い点も取れるけど、期末試験がないからって言って大して興味もない内容の講義を取っても、中途半端な成績に終わるままです。必修科目? ならしゃあない(笑)

だから、収入は大事です。金がなければ始まりません。今まで散々俺のことを馬鹿にしてきた奴らを見返すこともできないし、それ以前に家族ができたとして養うこともできません。然らば比較的自分の興味のある分野の職を見つけて、そこで自分の能力を発揮して稼ぎを得る、というのが人生の強いて言えば「答え」の一つにはなるのかな、と。

特にITやサービス業界において言えることだと思います。ある程度仕事内容は共通していたとしても、より条件の良い企業に仕事場を移していく。ITなんかそうですね。プログラミングやりたいと思ってた自分が今となってはWebデザインやってんですから、その幅というのは無限大ですよ。一口にパソコンと言っても、ジャンルはあまりにも多すぎる。

結局最後は自分の価値観なんです。他の人は関係ない(と言ってカルトにハマった人もいますが……)。とにもかくにも、周りの意見には翻弄されず、しかし良いと思ったことは素直に受け入れて、悔いの残らない1年間にしたいと思います。

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