高校で放送部(新聞を作っていましたが)に在籍していた頃、時間があったらコラムに載せようかなと思って結局掲載できないでいたものを、せっかくというかこのまま痛々しい黒歴史にしておくのもどうかと思ったのでこちらに残しておきます。(掲載予定当時のままなので一部ホームページ用に不適切な表現があります。ご了承ください)

激動の中学2年

どうせここでコラムを書くのも最後になるので、今回はちょっと長めに(ただでさえ長いのに)自叙伝みたいな感じで書きます。私のことを知ってる人は意外に感じるかと。知らない人は読み流して下さい。

何が自叙伝なのかと言うと、自分が今の自分になった経緯、でしょうか。上手く表現出来ないかも知れませんが、精一杯書きます。

私は無類のアニメフリークで、まぁ簡単に言ってしまえはオタクです。同時にパソコンがなければ生きていけない人のうちの一人でもあります。

高校で知り合った人は分からないでしょうが、別に最初からこうだったわけではありません。中学二年の五月頃まではいたって真面目で寡黙な少年でした。

変化があったのはその後です。まず、家庭が大きく変わりました。私は父親を亡くしました。

正直言ってその時は実感が湧きませんでした。ただただ悲しみがあるだけでした。「自分も死のう」とさえ思いました。

悲しみと哀しみに暮れ、どう生きていけば良いのかさえ分からなかったその時、私を救ってくれたのは、今の放送部員であり同じ中学のKでした。彼が今もその時のことを覚えているか分かりませんし、もしかしたら私を救った気もなかったのかも知れませんが、彼の行動は確実に私を変えました。

ハルヒとの出会い

ある日。私とKは友人であり今の放送部員でもあるMの家に行く予定でいました。行きがけにKは「ツタヤに寄りたい」と言うので、私もそれに付き合いました。

着いてすぐ彼が向かったのはマンガの立ち並ぶその隣の、いわゆるライトノベルの所でした。興味もない私は当時購読していたゲーム雑誌のコーナーへ行きました。

しばらく立ち読みして飽きたので私はもう一度Kの所へ行きました。Kはまだ本を読んでいて、私が「そろそろ行こう」と声を掛けると「うっせバカどっか行け」と言うのです。

何をそんなに夢中になって読んでいるのか不思議に思って彼の持つ本の背表紙を見ると、そこには「涼宮ハルヒの憂鬱」と書いてありました。

タイトルだけは私もどこかで見たことがあって、「それって面白いの?」とさりげなく訊いてみましたが、返ってくる言葉はやはり同じでした。

その後数週間は過ぎたでしょうか。私は学校の図書館でKの読んでいた「涼宮ハルヒの憂鬱」を見掛けました。

優秀なKがそんなにハマるほど面白いのか、と思い、私は手に取って読んでみることにしました。

4ページほど読み進めたところで、私はこの本を買おうと決心しました。当時の自分にはあまりに衝撃的な文章だったからです。特別何があったとかではなく、直感でそう思いました。これがアニメ文化との出会いです。数ヶ月でその手の色々な本に読みふけりました。そして、次です。

Uチューブ

それとは別の話で、父親が亡くなってから我が家ではインターネットをやめていました。形見に譲り受けたパソコンも、はじめは大して使っていませんでした。

しばらく経って「やっぱりないとつまらないから」ということで、また回線を繋げることにしました。親の希望でです。足りない知識で(今度は私が)モデムやら何やらを繋げたのを、今でも鮮明に覚えています。

それでも私はインターネットなんてさほど興味はなくやる用事もなかったのです。今でこそ信じられませんが、当初はそうでした。

私がネットを多用するきっかけとなった最初の出来事は、母親が突然「YouTubeという所にあるらしい、とくダネ!出演中に小倉さんのカツラが飛んでいく動画が見たい」と言ってきたことです。メモ用紙に汚い字で「Uチューブ」と書いてあったのは今思い出しても笑えます。

実際YouTubeの存在はそれ以前から知っていました。ある男子が昼休みに第二PC室でガンダムを見ていて、その時にYouTubeがどうのこうのといつも言っていたからです。今思えば、彼はYouTubeでガンダムを見ていたと、そういうことだったのです。

YouTubeの存在を再認識したのと、涼宮ハルヒシリーズに出会ったのはちょうど同じ時期でした。そうして私は遂に、「ハルヒ系統の本(ラノベ)はアニメ化されることがある」という紛れも無い事実を知ったのでした。

私はYouTubeでアニメを見始め、同時にそこで今身に染みているアニメ文化の基礎知識のようなものも学びました。そうしていくうちに、いつしか私はかつての地味な性格から、今のような明るく積極的な性格に変わっていました。

生きる糧とは

アニメは現実ではありません。夢です。理想です。結局はそれとは別の、厳しい現実があります。ですが、当時絶望に暮れていた私に「夢」や「希望」を与えてくれたのも、アニメです。私はその理想に釘付けになり、「こんな夢もあって良いんだ」そう思えました。自分がいる場所は日常です。でも本当に好きな世界は「非日常」にありました。私は立ち直り、そんな、アニメのような世界を夢見、生きて来ました。生きて来れました。

世間では「オタク」なんて冷たい目で見られる存在かも知れません。ですが、そんなアニメ文化があるおかげで絶望から立ち直れた人がいたらどうしますか。そんな馬鹿にするアニメに、勇気づけられる人がいたらどう思いますか。それでも気持ち悪いと思いますか。私だけではありません。世の中にはこんな人、沢山いるはずです。

私はこう思います。悲しいことがあって、この文化に出会って、そうして立ち直れた人達は素晴らしいと思います。少なからず、「皆が知っている」、「流行っている」からという理由だけでジャニーズだのアイドルだのに現を抜かしている人よりかは何倍も偉いと思います。

極論私がこのコラムを通して言いたいのは、何か一つは生きる糧を自分の手で見つけて生きて欲しいということです。私の場合、それがアニメだった、ということです。それだけです。